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東京高等裁判所 昭和32年(う)1078号 判決

控訴人 被告人 村瀬右仲

弁護人 遊田多聞

検察官 池田浩三

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人遊田多聞提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

控訴趣意第一点について。

刑法第二五三条にいわゆる業務とは、法令によると、慣例によると契約によるとを問わず、一定の事務を反覆常業とする場合をいい、その行為自体が各種犯罪行為のように法の特に禁止し処罰する行為であるときは、これを反覆常業としても同条にいう業務ということはできないが、行政上の取締の必要上その行為を制限するに過ぎないような場合にはその行為が適法でないとしても現実に反覆常業とされている事実があれば、これを同条の業務というを妨げないものと解するを相当とする。そして原判決引用の証拠によると、被告人は昭和二六年一一月頃から原判示東京農工大学事務局会計課長今井秀正の下に同課出納係長として国庫金の出納保管の業務に従事していたものであるが、その後間もない頃から右今井秀正の指示により、同人と協議の上、多数回に亘り、同大学出入の業者に対する支払に充てる名目で振出した同大学事務局会計課長今井秀正を振出人とする日本銀行東京都府中代理店宛小切手多数を業者に渡さないでこれを直接同銀行代理店において現金化しこれを保管することを慣例としていたことを認めることができるのであつて、右のように被告人が業者に対する支払に充てる名目で会計課長今井秀正を振出人とする小切手多数を振出し、これを業者に渡さないで現金化して保管したことが所論のように会計法第一五条、第一六条に違反するものであつたとしても、かかる行為は同法の規定全般を検討すれば同法がこれを犯罪行為として特に禁止し処罰する行為としたものではなく、会計上の不正を予防するため会計の事務処理に当る者の行為を制限することを目的として右のような行為をしてはならないものとしたものと解することができるのであるから、被告人が右のような行為を事実上反覆常業としていることを以て刑法第二五三条にいわゆる業務とするに妨げないものといわねばならない。しからば原判決が被告人の右のように現金化した小切手金の占有を業務上の占有と認定しているのは相当であり、所論のように法令の適用を誤つたものではない。次に横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有が委託の任務に背いてその物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうものであつて、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではないのである。原判決引用の証拠によれば、被告人は原判示第二のとおり原審相被告人今井秀正と共謀の上原判示第三のとおり単独で、その占有する国庫会計金中から、任務に背き、権限がないのに、同大学会計課司計係として勤務していた本木宏人に対しそれぞれ原判示のとおり予算上の拘束をはなれて金員を貸与したものであることを認めることができるのであるから、被告人がその占有中の国庫会計金を本木宏人に貸与した所為は不法領得の意思を以て右国庫会計金を横領したものといわねばならない。被告人が所論のように右本木宏人の窮状に同情し同人の給料賞与等から返済を受ける約旨の下に右国庫会計金を貸与したもので、被告人自身の利益取得を意図したものでなかつたとしても、これによつて被告人に不法領得の意思がなかつたものということはできない。従つて原判決が被告人の原判示第二、第三の本木宏人に対する国庫会計金貸与の事実を認定し、これを国庫会計金の横領行為にあたるものとしているのは相当であり、所論のように法令の適用を誤つているものではない。しからば原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人遊田多聞の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用に誤りがあり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであると思料する。

一、原判決には「被告人村瀬右仲は昭和二十六年十一月頃より東京都府中市一一三八番地所在国立東京農工大学事務局会計課出納係長として同大学の収受する国庫金の出納保管の業務に従事していたものであるが、その後間もない頃より上司である原審相被告人今井秀正は下僚である被告人村瀬右仲に指示して両名協議の上振出人を同大学事務局会計課長今井秀正とする同大学の取引銀行日本銀行東京都府中代理店宛の小切手多数を振出し、これを直接同銀行代理店において現金化して同大学のため業務上保管中」と判示し、判示第二及び第三の各事実につき刑法第二五三条を適用処断しているのであるが、右は次の理由から被告人村瀬の「業務上保管」とは謂うことができないのである。即ち原審が取調べた証拠及び訴訟記録によれば「(1) 被告人村瀬は昭和二十四年七月一日以来同大学事務局会計課出納係長として、昭和二十六年十一月二十六日には同大学支出官補助者を命ぜられ昭和三十年十二月二十八日懲戒免職処分を受ける迄の間、小切手帳及び支出官印の保管、小切手の振出、交付、領収書受理、小切手受払簿記帳、支出簿及び支出整理簿記帳、支出済報告書作成等の業務を担当していたこと、並びに(2) 歳出予算に基づく支出については、会計法第一五条及び第一六条の規定により、現金の交付に替え日本銀行を支払人とする小切手を振出すことを要し、債権者のためでなければ小切子を振出すことができないことになつているにも拘らず同大学では、この規定に違反して昭和二十九年五月頃から昭和三十年九月頃までの間に歳出予算に基づいて物品の購入、工事請負等の代金又は修繕費等の名目で振出した小切手をその頃被告人村瀬又は同大学農学部会計係長佐野敏太郎その他の裏書により日本銀行東京都府中代理店において現金化した現金による支払をなし、その現金化小切手の件数、合計金額が五一五件、二千七百十八万三千七百六十四円にして、その中、使途不明の金額が合計金五百六十万三千四十八円になつていること、更に(3) 被告人村瀬が右小切手を現金化した現金の一部をその頃、上司の命により事実上保管していたこと」を認容し得るのである。これによれば被告人村瀬には本来の職務として現金を保管する業物のないことが明らかであるのみならず、仮令その職務に関連して慣例上又は関係者たる前記今井会計課長、佐野会計係長との協議上右現金を保管していたとしても、前記の如く小切手を振出してこれを被告人村瀬等が自から現金化して保管することは会計法が絶対的に禁止していることなので、同法に違反して、これを継続的に行つたとしても単に事実上保管したに止まり、これを目して業務ということができないのであるから、原判決が前記の如く、これを業務上の保管と解釈したのは、事実とくい違つているので、原判決は法令の適用を誤つたものと謂うべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは言を俟たないところである。

二、原判決は前記の如く判示事実を認定し、これに刑法第二五三条を適用しているが右は横領罪の解釈を誤つた違法があるものと思料する。

原審の取調べた証拠及訴訟記録によれば「被告人村瀬が(1) 原判決判示の第二及び第三の各事実の如く同大学のため保管中の公金中より同判示金員を本木宏人に貸与したこと、並びに(2) 右本木宏人は当時同大学事務局会計課司計係に勤務していたものであつて、その傍ら東京経済大学夜間部に通学していたものであり、その学資等に窮した際その給料賞与等より返済する約旨の下に右金員を被告人村瀬より借用したものにして、しかもその約束を大半履行して給料等の給与を受けた都度これを返済し来つたものであること」が明らかであり、被告人村瀬は同課の下級職員である本木宏人の苦学しているのに痛く同情して何等自己の利益取得を意図することなく右金員を同人に一時貸与したに過ぎないのみならず、前記の如く本木宏人は当時同大学事務局会計課司計係に勤務していたものであるから、同大学としては当然その給料等を同人に支払わねばならぬ立場にあつたので、いはばその給料等の前払の意味で右金員を一時貸与したに過ぎず、しかもその返済を受けるについては、同人の給料等よりこれを差引く等の方法を講じ得るので何等の不安もなかつたし現にその返済をその都度受けたことに徴すれば被告人村瀬としては右保管中の金員を本木に貸与したのは所謂一時使用とも謂うべく又、必らずしも所有者たる同大学の意図、利益に反しない所為とも謂うべく、従つて、その物に対し所有者でなければできないような処分行為をする意図があつたと認め得ないので、結局被告人村瀬に不法領得の意思並に行為があつたと認め得ないのである。

然るに原判決は判示事実を認定しこれに刑法第二五三条を適用したのは横領罪の構成要件の解釈を誤り、本来罪とならない事実につき、被告人村瀬を処断した違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであると思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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